ブラジルで働くデータサイエンティストのブログ

ブラジルでデータサイエンティストしてる僕の日記。データサイエンスネタは多分書かない。

やっぱり自分は四季というものが嫌いだ

日本ほどはっきりとした季節の違いのない国に住んでみて感じる四季というものについて感想を書いていこうと思う。

 

日本にいた時に感じていたこと

日本にいた時、僕は四季というものが好きではなかった。正直言えば嫌いだった。

もちろん、季節ごとの景観の違いは趣を感じるし、季節に応じた食べ物があるというのも面白いとは思う。それでも、季節の変わり目には体調を崩すし、季節ごとの服を用意する必要があるし、その服も切り替えのタイミングを考えなければいけない。

 

体の適応はいつも季節に対して遅れていたし、正直四季というものには面倒くささしか感じなかった。

 

加えて、個人的な好みでいうのなら、日が短く、陰鬱としている冬という季節がどうしても好きになれなかった。夏の暑さはたしかに面倒ではあるのだが、強い日差しは気分を明るくしてくれるので好きだった。

 

ブラジルに来て

割と色々な人にされる質問で『何で日本じゃなくてブラジルに住んでるの?』ってのがある。日本人にもブラジル人にも聞かれる。

 

異なるものを比べるのは難しい話だが、多くの面で日本の環境はブラジルより優れていると思う。治安、娯楽の豊富さ、物のクオリティなどなど。

 

それでも、ブラジルに住んでいるのにはいくつかこの国について気に入っている部分があって、それが自分の中で大きいからだ。

 

そのうちの一つが気候、季節だ。

 

ブラジルにも季節はある。夏のような春、夏らしい夏、夏っぽい秋、少し夏っぽくない冬の四つだ。

 

書き方からわかるように、基本的には温暖で、季節による温度差が日本に比べて小さい。ちなみにデータは見てないので、住んでみての感想というレベルの話。

 

でもって、これが非常に快適

 

風邪をひかないし、日光は気持ち良いし、気分は晴れやか。様々な種類の服を用意しないで良いし、軽装で大丈夫な期間が長いから不精者には非常に気楽。

 

結局、四季についてどう思うか

『離れてわかる大切さ』という表現がある。僕も日本を離れれば、それまでは芽生えなかった四季に対する思いや良さというものが出てくるのではないかと少しは思っていた。

 

結論は、やっぱり僕は四季が嫌いだ

 

日本にいた時に鬱陶しいと感じていた四季。ブラジルに来て四季が曖昧になり、感じているのは快適さだけだ。

 

もしかしたら、そう感じる原因の大きい部分が『四季』ではなく『冬の存在』にあるのかもしれないが、その辺は何とも言えない。冬を含めての四季だし。